「海の護り人 ”ユリス・ナルダン”成功への軌跡編」 2018年5月22日

こんにちは、銀座エバンスの稲田です。
蒸し暑い日が続きますね。
みなさま体調に気をつけてお過ごしくださいね。






さて、本日はユリス・ナルダンからソナタ のご紹介です。

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1846年、このブランドの創始者であるユリス・ナルダン氏は、当時の時計師の中で最も優れた先生に弟子入りし、時計づくりを学んだ後、”マリーンクロノメーター”の製造に力を入れます。
マリーンクロノメーターとは、以前の私のブログ「伝統ある鎖引き時計 リヒャルト ランゲ “プール・ル・メリット”」 でも少し触れましたが、船に乗って航海する上で必要不可欠な船専用時計のことです。

今回のブログは、マリーンクロノメーターを世界に広めた同氏の活躍以前の、なぜマリーンクロノメーターが必要だったか、何のための道具なのかなど、開発者の面白い逸話を交えながらお話を進めていきたいと思います。

15世紀初頭から17世紀にかけて、ヨーロッパ諸国で行われた航海による様々な発見をした時代、”大航海時代”。それまで伝説や想像の中だけの話だった世界各地が、船で大海原へ乗り出すことによって探検家達の目で実際に確認された時代を指します。
有名なコロンブスやヴァスコ・ダ・ガマもこの時代の人たちですね。

「海を支配する者が世界を征する」という思想の中、各国は競って海軍を作り各地で頻繁に海戦が繰り広げられていました。その中で、乗組員が敵襲より何より恐れていたもの、それは自分達の今いる居場所がわからないことでした。現在地点すなわち経度がわからないということは、いつ大きな岩にぶつかって座礁するかわかりませんし、自分の国の場所がわからないために長期間漂流をしてしまい、病気や餓死などが広がってしまうから恐いのです。


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そして1707年。ついに史上最大の悲劇が起こってしまいます。
海峡横断中のイギリスの軍艦4隻が大嵐に見舞われて沈没、2000人ものクルーたちが命を落としてしまったのです。この事件を機にイギリス政府は”経度法”を公布、緯度は太陽や北極星の高さを測ることでわかりますが、相次ぐ海難事故の要因は経度を測る手段がなかったからという結論からこの法律を定めました。
内容は「航海において、正確に経度を知る実用的な手段をみつけた者には2万ポンドの懸賞金を与える」というものでした。当時の2万ポンドとは、現在日本円にするとまさかの数億円です・・・!

ここでの「正確に」とは一日辺り約2.9秒の誤差である必要があること、「実用的な」とは気温や湿度、揺れなどの変化に対応できる脱進機のことでした。当時の時計といえば振り子時計が主で、上記の無理難題をクリアするのは不可能かに思えました。
桁外れな懸賞金は、当時まだ少なかった時計師達やそれに準じた内容の仕事の人々を奮い立たせ、こぞって腕を振るい合い自身の作品を製作したことでしょう。しかしどれもこれも実用化には程遠いものだったのだろうと想像します。


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経度法発足から数年後、懸賞金の噂を聞きつけたある人物がいます。彼の名は”ジョン・ハリソン”。(上記写真の人物です)彼は生涯をマリーンクロノメーターの開発に捧げ、今日の機械式時計の精度向上に大いに貢献した伝説の時計職人です。
1735年、船の形に似た大型のマリーンクロノメーター「H1」を完成させて、その後なんと60年間かけて「H5」までのマリーンクロノメーターを製作、最後に作ったH5は5ヶ月間の誤差がたったの15秒という神がかり的な作品でした。(下記写真をご覧下さい)

実は、1761年時点でH1からは想像も付かないほど小型のマリーンクロノメーター「H4」を完成させており、およそ2ヶ月半で5.1秒の誤差という記録的なタイムを出し、経度法で定められた課題を見事クリアしています。
これで彼が噂の莫大な懸賞金を受け取れると誰もが羨んでいた矢先、それをよく思わなかった経度評議委員会の位の高い人物によって妨害を受け、少ししか受け取ることができなかったそうです。
それでもめげずに最後の作品「H5」を彼の息子と共に完成させ、国王への直訴によりようやく全額受け取ることができた時にはもう御年80歳を迎えていました。


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ちなみに四番目の作品H4製作秘話ですが、彼は鉄と真鍮を組み合わせた”バイメタル構造”というテンプを製作、この二種類の金属を合わせることにより、温度や湿度の変化によって精度が狂うことなく動くという特徴を持ち、更にぜんまいを巻いている間でも動きが止まらない持続装置を新たに開発しています。
どちらも画期的な部品を搭載したこのマリーンクロノメーターこそ、温度を一定に保つための自動調節器”サーモスタット”の基本原理であり、あらゆる産業の原点となる作品でした。

このことが類稀なる才能の持ち主、ジョン・ハリソンが伝説の男として今日まで語り継がれている所以です。

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彼の人生を懸けた作品をもとに、ラーカム・ケンドルという人がマリーンクロノメーターK1(下記写真です)を製作、これは三年で一分の誤差という驚異の精度を持ちます。このK1を積んで三年もの航海をしたのは、私でも知っている高名な人物、ジェームズ・クック、通称キャプテン・クック。(上記写真の人物です)ヨーロッパ人で初めてハワイを発見し、史上初で航海中に壊血病(ビタミンC不足により、最悪の場合死に至る、航海につきものの危険な病気)を殆ど出さなかった偉大な船長です。
彼は乗組員たちのために船内環境を整え、衛生面に気を付け、長い年月航海することを成功させました。

そしてハリソン作のマリーンクロノメーターがあったからこそ成功した航海話は、瞬く間に世界に広がり、クック船長の偉業によりこれがどれほど優秀かを証明しました。その後様々な人物が改良を重ねた結果、イギリスの時計産業が著しく発展していきます。

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そしてついにユリス・ナルダン氏が登場するのですが、彼はこのマリーンクロノメーターの製造と改良に力を入れ、市場を独占するほど成功。ユリス・ナルダン社製のマリーンクロノメーターは世界中の軍隊に採用され、その実績が彼の自信に繋がり、これほどまで普及したことが何よりもムーブメントの凄さを証明しています。
それと同時に時計製造も行っており、非常に複雑な機構の時計から高精度のポケットクロノメーター(懐中時計)により世界に名を轟かせました。
マリーンクロノメーターの成功がなかったら、氏の今日の名声はないと言っても過言ではありません。
ですから、私はまずマリーンクロノメーターの生みの親であるジョン・ハリソンの偉業をみなさんにお伝えしたかったのです。

次回、ユリス・ナルダンの歴史とともに素晴らしい作品のお話をします。
みなさま楽しみにしていてくださいね。(写真はwiki等より引用させて頂きました)







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by evanceblog | 2018-05-22 14:21 | その他